宇都宮地方裁判所 昭和24年(ワ)70号 判決
原告 岡本幸藏
被告 廣瀬倶吉郎
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し河内郡古里村大字下岡二千五番地所在家屋番号同大字一〇五号木造亞鉛葺平屋居宅建坪二十六坪一棟の内西半分十三坪を明渡せ訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求の原因として原告は昭和二十一年十月九日宮都宮区裁判所昭和二十一年(ノ)第二七号損害賠償調停事件の調停により賃料月十円で期限の定めなく右家屋を被告に賃貸した。然るに原告は空襲で燒出され急造のバラツクに住み、現在夫婦親子八人が八疊一間に起居しうるにも事欠く有様で、又原告自身は昭和二十一年二月十九日上海から引揚げて來た者で生活も困難であり、現在の如き辺鄙な場所では何の商賣も営むことができず生計の立て様がないので、昭和二十三年十一月一日被告に対して本件家屋の賃貸借契約の解約の申入を爲し、同年五月二日右解約申入により賃貸借契約が終了した旨通知した。尚被告は被告自身及びその息子夫婦の三人暮しで息子は勤人で生活も樂であり、しかも本件建物は元來二戸建で二家族が住めるように造つてあるので被告は其の半分十三坪を原告に明渡しても毫も生活に不自由を來すことはない。以上のような事情で原告は被告に対し本件家屋の西半分十三坪の明渡を求めるため本訴請求に及んだと陳述した。<立証省略>
被告は主文同旨の判決を求め答弁として原告が昭和二十一年十月九日宇都宮区裁判所昭和二十一年(ノ)第二七号損害賠償調停事件の調停により賃料一月十円で本件家屋を被告に賃貸した事実被告が現在右家屋に居住する事実原告主張の日時に原告より被告に対し右賃貸借契約解約の申入並にこれによる賃貸借契約終了の通知があつた事実は認むるけれども、其の余の事実は爭う。本件家屋は被告が昭和十八年二月九日原告の実兄である訴外岡本彦重より買受け、同日宇都宮区裁判所古里出張所受附第九一号を以て被告名義に所有権移轉の登記を完了したものであるところ、其の後原告は被告に対し右家屋が原告の所有であると主張して其の返還を求めたが、被告はこれに應じなかつたので原告は昭和二十一年九月中宇都宮区裁判所に被告を相手方とし前記訴外岡本彦重を利害関係人として損害賠償請求の調停申立を爲し、其の結果同年十月九日被告は本件家屋が原告の所有に属することを確認すると同時に原告はこれを賃料月十円で被告に賃貸し、爾後明渡の請求を爲さざる旨の調停が成立した。然るに原告は右調停の條項に違反して明渡の請求を爲すのであつて其の請求は失当であるから棄却せらるべきものであると陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告が被告に対し本件繋爭家屋を右当事者間の昭和二十一年十月九日に成立した宇都宮区裁判所昭和二十一年(ノ)第二七号損害賠償調停事件の調停事項に基いて賃料月十円の定で賃貸した事実、被告が現在右家屋に居住する事実原告がその主張の日時に原告が被告に対し右賃貸借契約の解約申入並にこれによる賃貸借終了の通知を爲した事実は当事者間に爭ひがない。よつて原告が右解約の申入を爲すについて正当な事由を有したか否かを審究するに檢証の結果並に原告本人訊問の結果を綜合すれば原告が空襲で燒出され急造のバラツクに居住し、現在夫婦親子八人が八疊一間に起居し生活も困窮している事実並に被告の現在居住する本件家屋の構造は二家族が居住し得るように造られてゐる事実を認め得べく、之に被告本人の訊問の結果に依て認められるような被告方の家族員数生活状態を対比するときは通常の場合ならば原告は少くとも本件家屋の半分については右賃貸借の解約を申入れるについて正当なる事由あるものと見られる。然しながら一方に於て成立に爭ひのない乙第一号証証人岡本彦重の証言並に被告本人訊問の結果を綜合すれば被告は昭和十八年二月九日原告の実兄である訴外岡本彦重より本件家屋を買受け、同日宇都宮区裁判所古里出張所受附第九一号を以て被告名義に所有権移轉登記を完了したものであるところ、其の後原告は右家屋が原告の所有であると主張して被告に其の明渡を求めたが被告が、これに應じなかつたので原告は昭和二十一年九月中宇都宮区裁判所に被告を相手方とし前記訴外岡本彦重を利害関係人として損害賠償請求の調停申立を爲し其の結果同年十月九日被告は本件家屋が原告の所有に属することを認めると同時に原告は河内郡古里村大字下岡本二千九百四番地木造亞鉛葺平家居宅一棟(建坪二十四坪三合)が被告の所有に属することを承認し、右の各家屋を相互に相手方に賃貸し、且つ互に明渡請求を爲さざる旨の調停成立し原告は被告より賃借せる右家屋を更に訴外柴田清二郎同阿久津アサに轉貸している事実を認め得る。しかして相互に明渡の請求を爲さないと云う右の特約は勿論永久に賃借権を設定したものと解することはできないが、少くとも右の如き特約を爲した以上互に賃貸する各家屋について相手方の居住権を尊重し、眞に己むを得ざる特別の事由なき限り明渡の請求を爲すことは許されないものと解すべきであつて、前記の如き調停成立の経緯に徴すれば原告は被告に対し本件家屋の明渡請求を爲す前に自ら被告より賃借し、訴外柴田清二郎同阿久津アサに轉貸している前記古里村大字下岡本二千九百四番地の家屋の明渡請求を爲すべきことが信義則の上から当然要求されるにかゝはらず、原告本人訊問の結果によるも原告は右両名に対しては一應明渡を求めたに止り何等強力なる明渡請求の手続を取つた形跡を認め得ない。然らば前認定のような事情のみに依ては眞に己むことを得ざる特別の事情があるとは謂い得ないから原告は本件家屋の賃貸借の解約を爲すについて正当なる事由を有するものとは到底認め難く從つてこれに基いて本件家屋の一部明渡を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 杉山孝)